ピアノをともなった室内楽では、ピアノは重要な役割を担う。特にピアニストの神経は酷使される。相手の楽器一つひとつに神経を配り、様々なことにどのように対処するか、実に適切な対応が求められるからである。世界に専ら室内楽を学んだピアニストはどのくらいいるのだろうか。数少ないと思われるが、その一人に渡辺治子さんがいる。

世界的な室内楽団を少なからず輩出しているチェコ、この国は室内楽に優れた演奏家が多いが、一つの民族性であろうか、彼らは世界に通じる協奏性を備えている。その室内楽団一つにスークトリオがあった。ヴァイオリンのスーク(ドヴォルザークの曾孫)、チェロのフッフロ、ピアノのパネンカである。このトリオは1961年9月に日本を訪れている。演奏の一体感は史上稀にみるものであり、その緻密さはこれからの演奏家から聴くことができるであろうか。彼らはソリストとしても活躍したが、三重奏団で世界を駆け巡った世界第一級のトリオであった。スークの音色も美しかった。フッフロの重厚さにも惹かれた。魅せられたのはパネンカのピアノである。知的であり高い音楽性である。トリオの中でのピアノの地位を良くわきまえており、ヴァイオリンやチェロの前面に大きく出ていくことは決してない。一歩奥で品位の高い音楽を歯切れよく奏でる。ピアノに主旋律がくると思いがけない熱情を見せるが、心情をぶつけるようなそれではない。範を超えたものでないところにパネンカの音楽は躍如としている。実に魅せられる。音楽に立ち向かう強い姿勢がピアノの存在を聴く者に常に意識させていた。

1996年10月、渡辺さんはチェコ政府給費留学生としてプラハ芸術アカデミーにてピアノと室内楽を学んだ。彼女は非常に幸運であったと思う。パネンカ先生の下で極めて質の高い研鑽を積んだ。彼女がどれほど深くパネンカの音楽、響き、室内楽のテクニック等を身につけたか次のことばからもわかるだろう。彼女とチェコフィル八重奏団員とのCDのプロデューサーであるザフラドニーク氏は「彼女の音は、わが国の誇りである巨匠パネンカの響きを思い起こさせるものであり、それはまさに私にとって喜びである。」と。さらに「彼女の演奏をチェコの人達に聴かせたい。」とも言っている。

カラヤンは多くの新人をよく指導したが後継者は出てこなかった。これは音楽を後継することが如何にむずかしいかを物語っている。ところが渡辺さんのピアノを聴いているとまず響きに、音楽全体にパネンカの香りが漂っている。楽曲に立ち向かう姿勢が非常に快く聴く者の意識を音楽から離さない、メッセージが鋭角なのだ。完璧なまでのテクニック、美しい音色、音楽の作り方が端正だ。どうかこのままの音楽を継続することを強く望みたい。それがパネンカ先生の音楽を継承することにつながれば、この上なく理想的ではないだろうか。今は亡き師もきっと歓ばれることであろう。

 渡辺治子を語る

  音楽・ピアノ講師

  斎藤 弥三郎